東京高等裁判所 平成9年(行ケ)102号 判決 1998年3月12日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成5年審判第5909号事件について平成8年10月31日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成元年6月28日に設定登録された特許第1501778号の特許権者であるサンド・アクチェンゲゼルシャフトから、法人合併により、同特許権についてすべての権利を承継した唯一の一般承継人である。上記法人合併は、サンド・アクチェンゲゼルシャフトとチバ・ガイギー・アクチェンゲゼルシャフトとの合併であり、平成8年12月20日付けでスイス国において登録されたものである。
サンド・アクチェンゲゼルシャフト(以下「請求人」という。)は、平成3年9月24日、特許法第67条第3項(平成5年法律第26号による改正で第2項に繰上。以下、改正前の第67条第3項で表示する。)に規定する政令で定める処分(薬事法第14条第4項の承認)「承認番号(01AM輸)第0040号(一部変更)」に基づいて、特許第1501778号の存続期間の延長登録を求めたところ(平成3年特許権存続期間延長登録願第700036号)、平成4年12月3日、特許法第67条の3第1項第4号に該当することを理由として、拒絶査定を受けたので、平成5年3月30日審判を請求し、平成5年審判第5909号事件として審理されたが、平成8年10月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成9年1月13日原告に送達された。
2 審決の理由
別添審決書写し記載のとおりである(但し、6頁2行から3行にかけての「平成3年6月28日」は「平成3年7月11日」の誤記と認める。)。
3 審決を取り消すべき事由
審決の理由Ⅰ、Ⅱは認める。同Ⅲのうち、「処分を受けた日の前日の平成3年6月27日とから計算した1年11月30日であり、」の部分は否認し、その余は認める。同Ⅳは争う。同Ⅴのうち、請求人の延長期間に関する主張の認定、特許法第67条第3項における特許発明の実施ができなかった期間の認定については争い、その余は認める。同Ⅵは争う。
審決には、その結論に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断の遺脱及び審理不尽の違法がある。
(1) 判断の遺脱
本件において、特許法第67条第3項の政令で定める処分がなされた日は平成3年6月28日であるが、平成4年12月3日付け拒絶査定謄本(甲第7号証)の備考欄には、上記の実際の処分日より1日前の日付である平成3年6月27日を処分日と誤って記載されている。
したがって、原査定が、特許法第67条第3項に規定する政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間を、本件特許登録日の平成元年6月28日(翌日起算)から処分日の平成3年6月27日の前日までの1年11月30日であるとしたのも明らかに期間の計算を誤ったものである。この期間は、原査定の期間算定方式によったとしても、平成3年6月28日の前日までの1年11月31日と計算されるべきであった。
本件審判の審理に際して、審判官は、当然、原査定における上記処分日の誤記あるいは誤認、及び、処分日を1日早く誤認したことによる期間計算の誤りに気付くべきであった。
しかるに審決は、上記の点に気付かずになされたものであって、判断の遺脱がある。
(2) 審理不尽
<1> 本件審判請求の趣旨は本件特許権の存続期間の延長登録請求であり、その請求の趣旨からして、延長請求期間を「2年0月12日」に固定したものではなく、必要に応じて期間の長さを変更することも含んでいたものである。即ち、本件審判請求は、本件特許権の存続期間について、法の許容する範囲内で可能な限りの期間の延長登録を請求しているものであって、この請求の趣旨の枠の中で、客観的に妥当な特定期間の認定につき、審査、審判の進行に応じて審査官及び審判官と調整し、請求の趣旨を実現しようとするものである。
特に、上記期間計算の誤りを含む原査定では、特許法第67条第3項に延長登録要件として規定されている、処分を受けるために2年以上特許発明の実施ができなかった期間存在の要件、に対して2日不足であるが、原査定の上記期間計算の誤りを正した場合、審決の期間認定方式によっても1年11月31日となって、登録要件の下限である2年との差は僅か1日となることは、請求人の延長請求期間の判断に重大な影響を及ぼすものである。したがって、この点に気付かせ、請求人が延長請求期間について再検討し、延長請求期間の変更等適切な対応を行う機会を与えるのは適切な審理に欠かせない行為であった。
特許法第153条は、貴重な発明の保護に遺漏のないように、職権主義を基調とし、必要に応じて申立のない理由についても審理すべきとする指針を規定しているが、本件審判の審理においては、明らかに同条の規定に違反する審理が行われ、原査定に上記処分日の誤記あるいは誤認、及び、処分日を1日早く誤認したことによる期間計算の誤りについて判断せず、全く機械的に原査定を維持する審決を行った。
したがって、審決には、この点で明らかに審理を尽くしていない違法がある。
<2> 特許法第67条第3項に基づき特許期間の延長を求め得る期間である、政令で定める処分(本件の場合は薬事法に基づく医薬品の承認)を受けるために特許発明の実施ができなかった期間は、特許登録の日から医薬品の承認を受け、実施規制が解除されるに至った日までである。
しかしながら、審決においては、この特許発明の実施ができなかった期間を、特許登録の日(の翌日)から承認があって実施規制が解除された日の前日までと短縮して計算している。当該期間の起算日は、初日不算入の原則に従って特許登録の日の翌日とするとしても、特許発明の実施規制が解除されるに至った日である処分当日は実施規制が解除された期間からその初日として除外されるから、特許発明の実施ができなかった期間の終了日は処分当日としなければ理屈に合わない。
この原告の計算方式によると、特許登録日(平成元年6月28日)の翌日である平成元年6月29日から、特許発明の実施規制が解除された期間の開始する日の前日である薬事法承認の日の平成3年6月28日までの「2年0月0日」が、特許発明の実施が規制されていた期間となる。即ち、本件特許期間延長出願は、その理由となる原因事実において特許法第67条第3項の要件を満足していることは明らかである。
原告が、特許発明の実施ができなかった期間の終了日を上記計算方式により処分当日とすべきとする理由は、薬事法による医薬品の承認の効力が厚生省において医薬品の承認が行われたときに発生し、処分当日の午前0時に遡及発生するものとはなし得ないから、実施規制が解除された期間から承認の当日は除外されるからである。何故ならば、承認当日も部分的には政令による規制が続いており、処分当日の午前0時から特許発明の実施ができるようになっていたわけではないからである。
ただ、2年0月0日間の特許権存続期間の延長登録請求は予備的請求であり、かつ、その用意がありながら原査定に誤謬が存在することを知らされず、該誤謬が存在すれば当然請求人における再検討により、最有力な対応になり得るにもかかわらず、いまだ表明する機会が得られなかったために、審判の手続上は直接の審理の対象となっていなかったにすぎない。
しかし、具体的な延長登録請求期間は、前記のとおり、本件審判請求の趣旨の枠の中で、審理の過程において妥当な期間に調整されるべきものであり、それが職権主義の本質である。また、本件延長登録願の願書には、処分を受けた日として承認日を主記し、処分の通知を受けた日をかっこ書きしており、上記予備的請求の根拠は当初より明示されている。即ち、本件審判においては、審判請求の趣旨である、特許権の存続期間延長請求につき、審判請求時の審判請求人による延長請求期間の記載に、例えば、原査定の誤謬に影響された問題点や延長登録請求期間として予備的請求の付記の欠如等の不備があったとしても、その救済は、原査定の誤謬の修正通知等に対応した当該請求期間の変更補正により可能であった場合であることが明らかである。
したがって、特許権存続期間延長制度の制定趣旨に照らし、被告は、職権審理主義に基づく原査定の誤謬についての通知を請求人に対して行い、延長請求期間の再検討、変更による救済の機会を与えるべきところ、それを怠った審理不尽の違法がある。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の判断遺脱、審理不尽の違法はない。
2 反論
(1) 拒絶査定謄本中の記載が誤記であることは、改めて通知するまでもなく、請求人が審判請求理由補充書を提出する以前に理解していたことである。このことは、審判請求理由補充書で原査定中の処分日を「平成3年6月27日」とした記載が誤記であるとして、「……その期間は特許登録日の平成元年6月28日から処分日の平成3年6月27日(請求人注、28日の誤記)の前日までの1年11月30日であり、……」と記載していることからも明らかである。また、特許法第67条第3項の政令で定める処分を受けた日が平成3年6月28日であることは明らかであるから、拒絶査定謄本の記載中の「の前日」の位置は、「処分日の平成3年6月27日の前日までの」ではなく、「処分日の前日の平成3年6月27日までの」とすべきであったことは容易に理解できたのであり、審決では、単に、誤解のない文言としたにすぎない。
次に、原告は、特許発明の実施をすることができなかった期間について、1年11月30日ではなく、1年11月31日と計算されるべきであった旨主張するが、本件特許の設定登録日は平成元年6月28日であり、その翌日(平成元年6月29日)の「1年11月」に応当する日の前日は平成3年5月28日であり、その翌日の平成3年5月29日から平成3年6月27日までは「30日」であるから、「平成3年6月28日の前日まで」は、「1年11月30日」となるから、上記主張は誤りである。
したがって、本件審判の審理に際し、原査定における上記処分日の誤記あるいは誤認、及び、処分日を1日早く誤認したことによる期間計算の誤りに気付かずになされた審決には判断の遺脱がある旨の原告の主張は理由がない。
(2) 審決は、本件出願が、「その延長を求める期間がその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているとき。」という規定に該当するとした拒絶査定が妥当であるか否かについて検討判断したものであり、「特許発明の実施をすることができなかった期間」が2年以上であるか否かを検討判断すべきであったものではない。
審査・審判の経緯についてみると、本件出願に対する審査での拒絶の理由は特許法第67条の3第1項第4号の規定に該当するというものであり、「延長を求める期間」の2年0月12日が「特許発明の実施をすることができなかった期間」を超えているというものである。
そして、「特許発明の実施をすることができなかった期間」が2年0月0日前後であると原告が考えていたのであれば、「延長を求める期間」の2年0月12日は「特許発明の実施をすることができなかった期間」を明らかに超えていることになるなら、通知を受けた拒絶理由を解消するために、直ちに「延長を求める期間」を変更すべきであったというべきである。
また、本件出願に対する拒絶査定における拒絶の理由は、特許法第67条の3第1項第4号の規定に該当するというものであるから、審判請求の際には「延長を求める期間」を変更すべきであったのであり、これを変更しなければ、上記拒絶の理由が解消しないことも原告にとって明らかであったということになる。
それにもかかわらず、審判請求理由補充書の提出時には、「延長を求める期間」が上記のとおり「2年0月12日」のままであり、「2年0月0日」に変更する予備的な主張も全く行われなかったのである。
このような経緯からすれば、審決には審理不尽の違法がある旨の原告の主張は失当である。
また、依然として原査定の拒絶の理由が解消していないときに、別異の拒絶の理由である「特許発明の実施をすることができなかった期間」が2年以上であるか否か等を検討判断すべきとするようなことは、特許法第153条には規定されていない。
第4 証拠(省略)
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由)は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 当事者間に争いのない審決の理由Ⅱ及び甲第2号証によれば、本件特許権存続期間延長登録出願の願書(甲第2号証)の「3.延長を求める期間」には、「2年0月12日」と、「4.特許法第67条第3項の政令で定める処分を受けた日」には、「平成3年6月28日」(処分の通知の受取日平成3年7月11日)とそれぞれ記載されていること、同願書に添付した「延長の理由を記載した資料」の「2.政令で定める処分を受けることが必票であったために特許発明の実施をすることができなかった期間」の項のうち、「(2)特許発明の実施をすることができなかった期間」には、「特許権の設定登録の日から承認書を受け取った日までの2年0月12日」と記載され、「(3)実施をすることができなかった期間を上記のように計算する理由」には、「医薬品の販売等に際し、「使用上の注意」を添付する文書等に表示することが義務づけられており、厚生省においてする公示は承認の事実及びその番号は知り得るが、承認書に記載された「使用上の注意」は知り得ないから、承認書を現実に受け取らなければ医薬品の販売等の実施ができない。したがって、特許発明の実施をすることができなかった期間の末日は承認書を受け取った日の前日となる。」旨の記載があることが認められる。
そして、審決の理由Ⅲのうち、「処分を受けた日の前日の平成3年6月27日とから計算した1年11月30日であり、」の部分を除くその余の当事者間に争いのない部分、及び、甲第4号証、甲第7号証によれば、平成4年1月20日付け拒絶理由通知書(甲第4号証)には、「薬事法に基づいて特許発明を実施することができなかった状態は、同法14条1項等に定める承認を受けた日に解除されるものであるから、特許発明の実施をすることができなかった期間は、上記承認を受けた日の前日に終了するものと認められる。本件出願の延長を求める期間は、出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているから、本件出願は特許法第67条の3第1項第4号に該当し、拒絶をすべきものと認める。」旨記載されていること、拒絶査定謄本(甲第7号証)には、「この特許権の存続期間の延長登録の出願は、平成4年1月20日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきものと認める。」「薬事法の第23条において準用する第14条第4項の承認の効果はその承認された日から生じるものであり、その日以降は特許法第67条第3項に規定する政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間と認定することができない。したがって、本件の場合その期間は特許登録日の平成元年6月28日から処分日の平成3年6月27日の前日までの1年11月30日であり、出願人が延長を求める期間としている2年0月12日はその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えている。」(備考欄)と記載されていることが認められる。
ところで、特許法第67条の3第1項第4号の「特許発明の実施をすることができなかった期間」は、政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間(同法67条3項)であるから、政令で定める処分を受けるのに必要な試験の開始日、又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から、政令で定める処分を受けた日の前日までの期間であると解される。けだし、政令で定める処分を受けると、その日から規制法に基づく禁止が解除され、解除された範囲内で発明の実施ができることになるところ、処分を受けた日の午前0時から効力を生ずるものとして、「日単位」で期間計算することが相当であるから、特許発明の実施をすることができなかった期間の終期(末日)は処分を受けた日の前日と解すべきである。
本件において、特許権の設定登録の日は平成元年6月28日であり、処分を受けた日の前日は平成3年6月27日であるから、本件出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間は1年11月30日であると認められるところ、原告が延長を求めるとした期間は2年0月12日であるから、「その延長を求める期間がその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているとき。」(特許法第67条の3第1項第4号)に該当することは明らかであり、これと同旨の審決の認定、判断に誤りはない。
(2) 本件において、特許法第67条第3項の政令で定める処分がなされた日は平成3年6月28日であるのに、上記(1)に認定のとおり、拒絶査定謄本(甲第7号証)の備考欄には、「処分日の平成3年6月27日」と誤って記載されているところ、原告は、本件審判の審理に際し、原査定における上記処分日の誤記あるいは誤認、及び、処分日を1日早く誤認したことによる期間計算の誤りに気付かずになされた審決には、判断の遺脱がある旨主張する(請求の原因3(1))。
しかし、平成6年7月11日付け審判請求理由補充書(甲第9号証)中の拒絶査定謄本の備考欄を引用した箇所に、「……その期間は特許登録日の平成元年6月28日から処分日の平成3年6月27日(請求人注、28日の誤記)の前日までの1年11月30日であり、」とあるとおり、「処分日の平成3年6月27日」が誤記であることは、請求人自身が気付いていたことは明らかである。そして、拒絶査定謄本(甲第7号証)の中の上記「処分日の平成3年6月27日の前日までの」との記載が誤記であることは明らかであるところから、審決では、「処分を受けた日の前日の平成3年6月27日」(甲第1号証4頁3行、4行、10頁16行、17行)と改めたものであり、また、上記(1)に認定のとおり、拒絶査定謄本に記載された、本件出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間の計算(1年11月30日)に誤りはない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
(3) 原告は、本件審判請求の趣旨からして、延長請求期間を「2年0月12日」に固定したものではなく、必要に応じて期間の長さを変更することも含んでいたものであるところ、特許発明を実施することができなかった期間について、審決の期間認定方式によっても1年11月31日となり、登録要件の下限である2年との差が僅か1日となることは、請求人の延長請求期間の判断に重大な影響を及ぼすものであり、この点を請求人に伝え、請求人が延長請求期間につき再検討し、延長請求期間の変更等適切な対応を行う機会を与えるべきであったのに、本件審判の審理においては、特許法第153条の規定に違反した手続を行い、全く機械的に原査定を維持したものであって、審決には審理を尽くしていない違法がある旨主張する(請求の原因3(2)<1>)。
しかし、本件特許権存続期間延長登録願書(甲第7号証)には、「延長を求める期間」として「2年0月12日」と明記され、平成6年7月11日付け審判請求理由補充書(甲第9号証)にも、「本願において延長を求める期間」として、「特許権の設定登録の日(1989年6月28日)の翌日から承認書を受け取った日(1991年7月11日)の前日までの「2年0月12日」」と記載されており、延長請求期間を必要に応じて変更することを含むものであることを窺わせるような記載は全くないのであって、審決が、請求人の「延長を求める期間」を「2年0月12日」と認定して、判断の前提としたことは正当である。
そして、拒絶査定謄本(甲第7号証)に記載された、本件出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間の計算(1年11月30日)に誤りがないことは上記(1)に認定のとおりであり、審決の期間認定方式によれば、上記期間が1年11月31日になるということはない。
また、特許権の存続期間延長登録の出願において、「延長を求める期間」は、出願人自身が決定するところに従い、願書に記載すべき必要的事項とされており(第67条の2第1項)、審査・審判も、その記載された延長請求期間に基づいて出願の許否が判断されるのであって、特許法第153条1項のいわゆる職権主義が適用されないことは、同条3項の規定に照らしても明らかである。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
(4) 原告は、本件特許発明の実施ができなかった期間は、特許登録日の翌日である平成元年6月29日から特許発明の実施視制が解除された期間の開始する日の前日である薬事法承認の日である平成3年6月28日までの「2年0月0日」であり、上記2年0月0日間の特許権存続期間の延長登録請求は予備的請求であるとしたうえ、特許権存続期間延長制度の制定趣旨に照らし、被告は、職権審理主義に基づく原査定の誤謬についての通知を請求人に対して行い、延長請求期間の再検討、変更による救済の機会を与えるべきところ、それを怠った審決には、審理不尽の違法がある旨主張する(請求の原因3(2)<2>)が、上記主張が理由がないことは、叙上認定、説示したところから明らかである。
(5) 以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(別添審決書写しの結論及び理由)
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
Ⅰ、手続きの経緯
本件出願は、平成3年9月24日の出願であって、特許法第67条第3項(平成5年改正で第2項に繰上。以下、単に、第67条第3項と記載する。)に規定する政令で定める処分[承認番号(01AM輸)第0040号(一部変更)]に基づいて、特許第1501778号の存続期間の延長登録を求めるものであるが、「この出願は特許法第67条の3第1項第4号に該当する。」として拒絶査定がされたところ、その査定を不服として審判請求されたものである。
Ⅱ、本件出願で求めた延長期間
本件出願の「3、延長を求める期間」には、「2年0月12日」と記載され、「4、特許法67条第3項の政令で定める処分を受けた日」には、「平成3年6月28日(処分の通知の受取日平成3年7月11日)」と記載されており、本件出願に添付した「延長の理由を記載した資料」の「2.(2)特許発明の実施をすることができなかった期間」の項に、「特許権の設定登録の日(平成1年6月28日)から承認書を受け取った日までの2年0月12日」と記載され、また、「2.(3)実施できなかった期間を上記のように計算する理由」の項には「医薬品の販売等に際し、「使用上の注意」を添付する文書等に表示することが義務づけられており、厚生省においてする公示は承認の事実及びその番号は知り得るが、承認書に記載された「使用上の注意」は知り得ないから、承認書を現実に受け取らなければ医薬品の販売等の実施ができない。したがって、特許発明の実施をすることができなかった期間の末日は承認書を受け取った日の前日となる。」旨の記載がある。
Ⅲ、原査定の理由
原査定の理由の概要は、以下のものである。
「薬事法の第23条において準用する第14条第4項の承認の効果はその承認された日から生じるものであり、その日以降は特許法第67条第3項に規定する政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間と認定することができないから、本件に係る特許発明の実施をすることができなかった期間は、特許登録日の平成元年6月28日と処分を受けた日の前日の平成3年6月27日とから計算した1年11月30日であり、出願人が延長を求める期間としている2年0月12日はその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているから、特許法第67条の3第1項第4号に該当し拒絶をすべきものである。」
Ⅳ、請求人の主張
本件請求人は、審判請求補充書において、特許法第67条の3第1項第4号に規定する「その特許発明の実施をすることができなかった期間」の末日は承認書を受け取った日であるとして、次のような主張をしている。
「医薬品の製造または輸入について厚生大臣の承認を得るには、申請書を都道府県の薬務主管課へ提出し、そこから厚生大臣へ進達され、審査が終了した後、承認書が都道府県を通じて申請者に交付される。また、承認の事実及びその番号それ自体は厚生省内において掲示されるが、地方在住である等の理由により、その掲示のみで申請者にその承認の事実を確実に伝達したとは言えない。したがって、前記掲示により承認の事実を知り得なかった申請者にとって、承認書が厚生省の内部または、都道府県に存在する段階では、申請者は承認の事実がまだないと信じているのであるから、医薬品の販売等の実施が妨げられている状態が続いており、この状態が解除されるのは、都道府県から承認書を受け取った時である。結局、特許発明の実施をすることができなかった期間の末日は、都道府県を通じて承認書を受け取った日の前日となる。」
Ⅴ、当審の判断
本件出願の記載及び本件出願に添付した「延長の理由を記載した資料」の記載からみて、本件出願の延長を求める期間は「2年0月12日」であり、この期間が、本件出願に係る特許発明の「実施をすることができなかった期間」の開始日を定めることが明らかな「特許権の設定登録の日」(平成1年6月28日)と「薬事法に基づく医薬品の承認書を受け取った日」(平成3年6月28日)とから算出したものであることが認められる。
一方、前記「特許権の設定登録の日」と、医薬品の承認の日(平成3年6月27日)とから同様に計算した期間は1年11月30日であり、出願人が延長を求める期間としている2年0月12日は、その特許発明の実施をすることができなかった期間を超えることになり、本件出願は特許法第67条の3第1項第4号に該当することになる。
そこで、本件出願の延長を求める期間の末日を前記「医薬品の承認の日」に基づくか、「承認書を受け取った日」に基づくかについて、請求人の主張に沿って、以下、検討する。
前記期間の末日を「承認書を受け取った日の前日となる。」とする、請求人の主張は次のものである。
(1) 医薬品の承認を受けても、承認書に記載された「使用上の注意」の内容を知り得ないし、承認書に記載された内容を医薬品に添付する文書等に表示しないで販売等の実施をすることが禁じられているから、現実に実施可能になったのは承認書を受け取った日である。
(2) 医薬品の承認書を受け取った時に承認の事実を知った申請人にとっては、その時に実施が妨げられている状態が解除されたことになるから、承認書を受け取った時に、特許法第67条第3項に規定する政令で定める処分を受けることが必要なために実施できなかった期間が終了する。
主張(1)について
特許法第67条第3項に規定する政令で定める処分に該当するのは、薬事法による医薬品の承認自体であって、「使用上の注意」を表示しないで販売することは、単に、薬事法で禁止されているにすぎないものである。
してみると、「使用上の注意」を表示するために承認書を受け取るために要したとする期間は、単に、該表示をしないで実施することが禁止されている状態を解除することが必要であるために実施できなかった期間にすぎないと解されるから、延長登録の出願について、承認書を受け取る前は、本件出願の特許発明の実施をすることができない期間であるとする前記主張は認めることができない。
主張(2)について
特許法第67条第3項の規定では、安全性を確保するための法律による処分のなかで、長期間を要するものとしての医薬品の承認等を特定して、これを「受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができなかったとき」としていることからみて、その「実施をすることができなかったとき」とは「現実に実施をすることができるようになる以前」を意味するものではない。つまり、そのような意味とする具体的な規定上の根拠がないし、医薬品の承認のみを規制であるとしているのではなく、承認を受けた後も規制されて実施することができない場合も想定されるからである。
そして、医薬品の承認は、その安全性の確保の目的、手続き等からみて、薬事法に基づいて、所要の実験データの収集及びその審査に長期間を要するが、その安全確保を的確に行うことは欠くことのできないものであるから、その医薬品の承認までに要した期間について、特許発明の実施をすることができなかったときは、特定の範囲内で延長し得るとされているのであって、事務手続き上や他の規制により実施できなかった期間についてまで、特許権の存続期間を延長することで対応しようとするものではないから、医薬品の承認後の承認書の交付までの期間をも含むものと解することはできない。
なお、薬事法では、医薬品として承認を受けたものについて、その医薬品の製造・輸入・販売等の実施についての許可を受けないで実施することは禁止されており、その医薬品が承認された後は、その実施の許可を受けること等が必要なために実施できなかった期間となる。
してみると、前記主張(2)において、医薬品の承認書を受け取った時に承認の事実を知った申請人にとっては、医薬品の承認のために実施が妨げられている状態は既に解除されており、他の理由で実施できない状態であることを知ったと言うべきであり、承認書の交付によって、実施できなかった期間が終了するとする、請求人の主張は適切でない。
以上のとおり、医薬品の承認以前が「医薬品の承認を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間」であり、その承認の後は、他の規制により「特許発明の実施をすることができなかった期間」であるというべきであるから、前記「末日」は、「承認書を受け取った日の前日」ではなく、医薬品の承認日の前日であると解すべきである。
結局、本件出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間は、特許登録日の平成元年6月28日と処分を受けた日の前日の平成3年6月27日とから計算した1年11月30日であり、出願人が延長を求める期間としている2年0月12日はその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えていることになる。
Ⅵ、むすび
本件出願の延長を求める期間が本件出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているから、本件出願は、特許法第67条の3第1項第4号の規定に該当し、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
受理決定
右当事者間の東京高等裁判所平成九年(行ケ)第一〇二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成一〇年三月一二日に言い渡した判決に対し、申立人から上告受理の申立てがあった。申立ての理由によれば、本件は、民訴法三一八条一項の事件に当たるが、申立ての理由中、第二点は、重要でないと認められる。
よって、当裁判所は、裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定する。
主文
本件を上告審として受理する。
申立ての理由中、第二点を排除する。
(平成一一年七月一六日 最高裁判所第二小法廷)